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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)5331号 決定

上告人 被告人 新田久志

弁護人 小脇芳一

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小脇芳一の上告趣意は、児童福祉法六〇条三項の解釈論と(この点に関する原審の解釈は相当である)これを前提とする事実誤認、量刑不当の主張に帰し刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

弁護人小脇芳一の上告趣意

原判決は其の理由に於て、小脇弁護人の控訴趣意第一点事実誤認の主張について、しかし児童福祉法第六十条第三項によれば、児童を使用する者は児童の年令を知らないことを理由として同条第一項第二項の規定による処罰を免れることが出来ない。但過失のないときは此の限りではないと規定せられているのであつて、同法第三十四条第一項第六号違反の罪は単に故意犯のみならず、年令に関する過失犯もまた処罰する法意であることが明らかである。しかしてこの営利的な淫行を――いわゆる接客婦をして雇傭せらるることを希望する婦女子が其の希望を遂げる為め、自己が既に制限年令を超えているように雇主を欺いて就職する事例の非常に多いことは原審に於ける証人中谷定雄の証言によつて之を窺知するに十分である。従つてこのような接客婦を雇入れるに当つては単にその希望者の供述又は身体の発育状況のみならず、更に客観的な資料として戸籍抄本又は食糧通帳若しくは父兄等について精確な調査を為すべき注意義務があるものといわねばならない。然るに被告人はただ○野○子の身体の外観的な発育状況のみによつて、同女が満十八歳以上に達しているものとして敍上のような精確な調査は勿論のこと○野本人に対して当然行うべき年令調査の質問さえも行つていないのである。従つてたとえその所為に故意がなかつたとしても――重大過失があると断じて控訴を棄却した。併し戸籍抄本が当然公信力ありやは問題であろう。従つて之を見なかつたことを以て年令を知らざるの過失の資料とするは必ずしも当らない。況んや食糧通帳にいたりては尚更然り。原判決が「自己が既に制限年令を超えているように雇主を欺いて就職する事例の非常に多いこと」を認め乍ら右の如く戸籍抄本や食糧通帳を以て年令の精確を期する手段とするならば矛盾なりと云わざるを得ない。蓋しそれは前敍の如く戸籍抄本、食糧通帳を以て公信力ありとの前提に立つての結論であるからである。又原判決は――敍上のような精確な調査は勿論のこと○野本人に対して当然行うべき年令調査の質問さえ行つていないと云つているが、司法警察員作成の○野○子に対する供述調書中「淫行は自分の自由な考えからである。年令は自ら十九歳といつていた。私も年令を本当のことを云えば店に置いて貰えないので十九歳ですと年のことを主人の新田さんえも嘘を吐いていた」とある点(控訴趣意書参照)を看過しているし、本件○野○子を被告人宅に連れて来た新田隼雄と被告人とは全然信用関係に立つた間柄であり、其隼雄自身さえ○子を二十四、五歳と見たと云つているのであるから被告人に之を如何に説明納得せしめたかは容易に推知出来る。斯様な状況の下に○子を児童に非ずと断ずるは普通常識からすれば寧ろ当然と云わなければならない。児童福祉法第六十条第三項の規定は本件の如き場合に於て雇主に対して特別の注意義務を要求して居るものではなくして、良心と常識によつて判断をした場合にそれが仮に児童であつても必ずしも過失ではないとすべきだと信ずる。果して然りとすれば原判決は過失に非ざる行為を過失なりと断じたか、若くは極めて軽微な過失を重大な過失と断じたかの誤りがあり、之は従つて無罪とすべきを有罪としたか或は単なる軽微な過失犯に極めて重い懲役刑を科したかの違法があることになる。それは云う迄もなく著しく正義に反する判決なりと云うべく破棄せらるべきものと思料いたします。

参照

第一審判決の主文及び理由

主文

被告人を懲役弐月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人は昭和二十五年八月以降前記肩書住居地で待合業を営んで居り昭和二十六年十二月二十五日岡山家庭裁判所津山支部で児童福祉法違反により懲役四月に処せられ二年間其の刑の執行猶予の言渡を受け翌二十七年四月二十八日政令第百十八号により其の刑を三月に、刑の執行猶予期間を一年六月に各変更せられ目下その猶予期間中のものであるが昭和二十七年六月下旬前記住所で年令満十八歳に満たない○野○子(昭和九年十月二十四日生)を接客婦として雇入れその頃から同年九年下旬迄の間同所で同女をして一日一人乃至二人の男と淫行をなさせたものである。

(証拠説明は省略する)

仍つて児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項(懲役刑選択)刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して主文の通り判決する(昭和二八年四月二日岡山家庭裁判所律山支部)

第二審判決の主文及び理由

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人吉岡栄八小脇芳一提出の控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

小脇弁護人の控訴趣意第一点事実誤認の主張について、しかし児童福祉法第六十条第三項によれば、児童を使用する者は、児童の年齢を知らないことを理由として、同条第一項第二項の規定による処罰を免れることができない。但し過失のないときは、この限りでない。と規定せられているのであつて、同法第三十四条第一項第六号違反の罪は単に故意犯のみならず、年齢の点に関する過失犯もまた処罰する法意であることが明らかである。しかしてこの営利的な淫行を承認し、いわゆる接客婦として雇傭せられることを希望する婦女子がその希望を遂げるため、自己が既に制限年齢を超えているように主を欺いて、就職する事例の非常に多雇いことは、原審における証人中谷定雄の証言によつてこれを窺知するに十分である。従つてこのような接客婦を雇入れるに当つては、単にその希望者の供述または身体の発育状況のみならず、さらに客観的な資料として戸籍抄本、または食糧通帳、若しくは父兄等について正確な調査をなすべき注意義務があるものといわねばならない。しかるに被告人はただ○野○子の身体の外観的な発育状況のみによつて、同女が満十八才以上に達しているものとして、敍上のような正確な調査は勿論のこと、○野本人に対して当然行うべき年齢調査の質問さえも行つていないのである。従つてたとえその所為に故意がなかつたとしても、故意とほとんど区別し得ない程重大な過失があるものとなさざるを得ない。原判決がこれを故意犯として認定したことは、事実の認定を誤つたとの非難を免れないが、故意と過失とにつき法定刑の差異を設けていない児童福祉法第六十条の法意及び本件過失の程度がきわめて重大なことよりして、右誤認は判決に影響を及ぼさないものと認められるので、論旨は結局理由がない。

同第二点及び吉岡弁護人の控訴趣意量刑不当の主張について。

記録を取り調べ所論を検討して見ても、被告人が既に同種の犯罪によつて処罰せられた前歴を有しながら、なお本件を犯している犯情に鑑みるときは、原判決の科刑はまことに已むを得ないところであつて、重きに過ぎるものではない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条に従い主文の通り判決する。

(昭和二八年一一月一〇日広島高等裁判所岡山支部第三部)

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